スリランカでの噛みタバコ誘発口腔癌の予防対策・分子疫学的研究

千葉逸朗(北海道大学歯学部口腔外科学第一講座/助手)
滝口俊男((株)ロッテ中央研究所チューインガム研究室/部長)
村松宰(北海道大学医療技術短期大学部看護学科/教授)


背景・目的

 噛みタバコと口腔癌との関連については疫学的、病理組織学的には今まで研究されているが、社会的には全く解決されておらず、依然として南アジア地域では全癌の30%にも達している。本研究はこの南アジアの口腔癌に注目し、その病因について細胞生物学的、分子生物学的に明らかにし、発癌を予防することである。

内容・方法

 すでにスリランカの病院口腔外科と当科との間に協力関係が確立されているため、同国の患者を対象とする。初診時に前癌病変を有する患者への教育を行った上で、口腔の前癌病変の組織を採取する。患者に対しては、噛みタバコの為害性について説明するとともに、口腔癌についての説明、予防の重要性についての教育を行う。噛みタバコを止めさせることには困難が予想されるため、当初は使用回数、あるいは量を制限させ、また、代替物としてチューインガムを与える。また、発癌抑制剤を混入したガムを現在開発中であり、相乗効果が期待できる。
 初診時の資料(血液採取、生検、問診による病歴の把握、噛みタバコの使用状況、喫煙歴、飲酒歴など)作成、その後の患者の定期的経過観察、データの収集について協力を依頼する。また、本研究の目的、意義について、患者へ説明、教育をする際に協力を要請する。またヘルスーワーカーに各患者の自宅を訪問してもらい、噛みタバコの使用状況のチェックを依頼する。その際の交通費、謝礼は日本側で負担する。
 約1年の経過観察の後、再度組織を採取する。採取した組織は病理組織学的検索用と分子生物学的検索用に分けて保存し、p450、glutahione-S-transferasae、癌遺伝子、腫瘍抑制遺伝子の異常、microsatellite alterationについて解析する。
 以上により口腔癌の発癌予防を行なうとともに、そのバックグラウンドとなる遺伝子異常等の変化について明らかにすることが可能である。

結果・成果

 1998年9月よりスリランカにおいて前癌病変群(P群)49症例、前癌状態(粘膜下腺維症)群(S群)11症例、対照群(C群)22症例にて介入試験を開始し、1999年3月にその効果を検討した。再診率は62%であった。P群、S群ではそれぞれ91%(31/34)、100%(7/7)が噛みタバコ常習者であったが、患者に対する教育と、ロッテ(株)より供与されたチューインガムで代用することにより、それぞれ29症例、7症例がその習慣を止めたり、量・頻度を減らすことができた。その結果、P群のうち18症例(58%)で病変の縮小、あるいは消退を認めた。またS群においても開口障害などの臨床症状の改善を認めた。症例の遺伝子学的背景としてGSTMI、CYP2A6について検索したところ、P群ではGSTM1欠損が多く、逆にCYP2A6欠損アレルの出現が少ない傾向が認められ、ニトロソアミンの代謝の関与が示唆された。本結果を踏まえ、症例数を増やし、観察期間を延長し、さらに検討を行う予定である。

今後の展望

 予備調査と基本的には同様の方法で、口腔癌の化学予防を行う。前癌病変を有する患者をランダマイズした後に1)プラセボ群(キシリトールガム)200名、2)症例群(発癌予防剤入りガム)200名、3)対照群100名の3群に分け、前癌病変の変化の有無(大きさ、組織学的所見など)について検討する。また血液、組織は生化学的、分子生物学的解析に供与する。