ヤマトヒメミミズの再生における頭尾軸パターン形成機構の研究
川本 思心[北海道大学大学院理学研究科/修士課程]
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背景・目的
環形動物であるヤマトヒメミミズは有性生殖だけではなく、自切によって自らの体をいくつもの断片に分離させ、それぞれの前後に頭尾を再生して1個体になるという無性生殖も行う。
多くの研究者が様々な動物を用いて、再生構造の決定メカニズムを解明しようとしてきたが未だに明らかになっていない。本研究では後方にも頭部が再生してしまう両頭再生現象と、環形動物が獲得した体制である体節に着目して、断片の前後端がどのようにして頭と尾として決定されるのかを実験形態学的実験で解析し、研究を分子生物学的手法へと発展させるための基礎を確立することを目的とする。
内容・方法
実験材料には、'93年に記載され、申請者の所属する実験室で'95年から継代飼育されているヤマトヒメミミズ(Enchytraeus japonensis)クローン群を使用した。
まず、ミミズの様々な部域から様々な長さの人為切断断片を切り出し、それぞれの断片における両頭再生率を調べた。また、頭尾再生における内胚葉性組織の役割を調べる為、腸管を除去した断片の再生パターンを観察した。次に、頭尾再生の違いを解析するためにミミズの自切構造と再生初期の組織的変化を観察した。結果の判定には通常の組織染色法と走査型電子顕微鏡標本の他に、細胞分裂マーカーとしてDNA合成期にDNAに取り込まれるBrdUや、神経筋接合部に結合する蛍光ラベルされたα-ブンガロトキシンを使用し、ホールマウントおよび切片標本を作製した。
結果・成果
1.両頭再生条件
両頭再生が起きる切断条件を調べたところ、自切による断片はすべて正常に再生したが、7体節からなる頭部領域のなかで人為切断した場合は100〜80%の極めて高い割合で両頭再生が起こることがわかった。一方、胴部を人為切断しただけではほとんど両頭再生は起きないが、その後に断片を水中に入れることで約30%の割合で両頭再生が起きることもわかった。なお、どのような断片からも前方に尾部が再生されることはなかった。
2.細胞増殖パターン
BrdUを使用して、前後端の再生芽がいつ頭尾に分化するのかを調べた。その結果、6時間後には頭尾で明らかに細胞増殖パターンが異なっており、断片化後6時間以前の極めて早い時期に頭尾が決定されていることが示唆された。また、後方頭部の増殖パターンも再生初期から前方頭部と変わらず、後方においても頭部決定のプロセスは前方と同様であることも示唆された。
3.体節構造
両頭再生率で大きな差を示した頭部と胴部体節で何が異なるのかを走査型電子顕微鏡とα-ブンガロトキシンを使用して詳細に観察した。その結果、各胴部体節は4つの体環を持ち、1ヶ所の自切部位を持つが、頭部体節で胴部体節と同じ構造を持つのは第7体節のみで、第1から第6体節は体環数が少なく、自切部位を持たないことが明らかになった。
4.自切能力
人為切断断片の切断部位を経時的に観察したところ、胴部断片は時間がたつにつれ自切部位で切れている断片の割合が増加し、自切部位での切り直しがおきていることがわかった。しかし、胴部断片を水中に入れておくとその割合は増加せず、自切が阻害されていることが示唆された。頭部断片は常に自切部位以外で切れている割外が高く、自切構造を持たないという組織学的観察を支持した。これらの断片の自切部位以外で切れている割合と両頭再生率は非常によく似た傾向を示した。
5.腸管の影響
腸管を取り除いた断片を作製したところ、完全に腸がない断片でも再生が起こることがわかった。両頭再生率が比較的高かったが、尾も再生することと、自切部位以外で切れている割合が高かったことから、腸管の存在が尾部再生の決定を行っているとは考えられない。
6.まとめ
自切部位以外で切れた場合に、後方には頭部が再生されるという結果から、本種の再生時における頭尾決定は体節内の切断位置によって支配されることがわかった。以上から、一つの体節内のどこにでも頭部形成情報は存在するが、尾部形成情報は自切部位にしか存在せず、切断によってそれが働き出すという仮説を立てた。
今後の展開
今後は前述の仮説を検証するために、頭尾を決定する実態を分子レベルで解明していく。実験結果から、頭部および胴部体節と両体節内の異なる発現パターンを示す遺伝子が外・中胚葉性組織に存在していると考えられる。また、頭部および尾部を決定する遺伝子が断片化後6時間以内にそれぞれ前後端で発現していると考えられる。これらの遺伝子をsubtraction法によって探索し、その発現領域をin situ hybridization法で、機能についてはmorpholinoを用いて解析することで本種における頭尾決定機構を明らかにしていくことを計画している。
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