個性適応型学習マシンによる脳可塑性変化:筋電義手による検討
丸石 正治[北海道大学大学院医学研究科/助手]
愈 文偉[北海道大学大学院工学研究科/講師]
池田 辰也[(株)シーズラボ/第2開発部リーダー] |
背景・目的
神経の切断や吻合によって、脳機能局在が変化することが知られている。代表例として、切断された四肢が既に存在しないにも関わらずあたかも存在しているように感じて疼痛を発する現象が知られている(これを「幻肢痛」という)。幻肢痛では大脳運動野の機能局在変化が影響していることが証明させている。本研究申請者は、筋電義手を用いることにより上肢切断者の幻肢痛が消失する事実を確認してきた。申請者はこの現象を、筋電義手使用によって大脳運動野の局在変化が生じたのではないかと推察している。
本研究では、個性適合型学習マシンによる脳可塑性変化について研究した。
本研究における具体的研究目標は、学習型筋電義手の脳可塑性変化に焦点をあてる。すなわち、筋電義手を用いた際の活動を直接的に確認することである。
内容・方法
撮像には、GE社のSigna Horizon 1.5テスラを用いた。fMRI撮像中に、切断上肢からサンプリングした筋電図をコンピュータで解析し、コンピュータグラフィックを用いて作成した仮想的筋電義手を動作させた。画像統計ソフト(SPM)を用いて、筋電義手動作時の脳機能マッピングについて統計解析した。
切断者に協力を得て、以下の要領でfMRIを撮像した。
(1)切断側上肢を動かした際の運動野の機能局在を行った。
(2)fMRI施行下に筋電図をサンプリングし、コンピュータシステム(オンライン法を用いた個性適応学習型マシン)を用いて、切断者の運動企図に応じた義手の運動をコンピュータグラフィックに再現する。義手の運動を視覚刺激システムから切断者にフィードバックしてリアルタイムに義手の運動を再現しながら、fMRIを撮像した。
結果・成果
(1)fMRI室での撮像
筋電義手は、切断上肢の断端部から筋電図をサンプリングしコンピュータ解析することによって、切断者の運動意図を把握し義手動作に反映させる。既に我々は、このような筋電義手システムを作成し、同時にコンピュータグラフィック上で仮想的義手を動作させている。fMRI撮像中にはパルス波と呼ばれる強烈な磁場が発生するので、通常の筋電図サンプリングに大きな影響を与える。我々はコンピュータでオンライン学習法を用いて、パルス波と本来の筋電図を同時にコンピュータに学習させることによって、fMRI撮像中の被験者の運動意図を把握することに成功した。
(2)切断者のfilling-in現象
通常、手の運動に関する脳機能局在は、大脳1次運動野で、オメガ型をさかさまにしたような形の中心溝付近(いわゆるinverted Ω)に局在することが知られている。上肢切断者はこのinverted Ωに相当する部分の運動器(すなわち手)が存在しない。本研究の被験者で、切断上肢の断端筋肉を動作させながらfMRIを撮像したところ、断端部に相当する1次運動野の他に失われた手の領域に相当する部位までが活動していた。これは、filling-in現象を呼ばれるもので、脱神経した際に1次感覚運動野で認められる現象である。上肢切断者ではこのようなfilling-in現象が認められることが判明した。
(3)筋電義手での局在
従来筋電義手使用者では、切断後の幻肢痛が少ないことが知られている。その理由として、筋電義手使用者の1次運動野の変化を観察した報告はこれまでに存在しない。今回、切断端の筋運動でfilling-in現象が認められた症例に対して、筋電義手使用中のfMRIを撮像したところ、脳活動の中心が偏移した。
(4)成果
本研究によって以下の成果が得られた。
1.fMRI撮像中の筋電図サンプリングによって、筋電義手の動作を可能にした。この技術はMRIを使用したその他の研究技術にも応用可能である。
2.上肢切断者のfilling-in現象を確認した。
3.筋電義手使用によって、脳活動部位の偏移が認められた。
今後の展開
fMRIデータの解釈は、データの信頼性をいかに確立するかが重要である。今回1例のみの解析であったため、実験結果の解釈には慎重でなくてはならない。今後、筋電義手利用時のfMRIを異なる実験デザインを用いて解析する必要があると同時に、その他の筋電義手利用者に対して実験を行いデータの蓄積に努め、信頼性を得たい。
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