高カタラーゼ細菌を利用した過酸化水素廃液処理の実用化

奥山英登志(北海道大学大学院地球環境科学研究科/助教授)
佐藤知樹(伊原水産(株)企画開発室)
湯本勲(工業技術院北海道工業技術研究所/主任研究官)
一瀬信敏(北海道大学大学院地球環境科学研究科/博士後期過程)
森田直樹(工業技術院北海道工業技術研究所/研究員)
田中美加(工業技術院北海道工業技術研究所/科学技術特別研究員)


背景・目的

 過酸化水素は食品、半導体、繊維、紙パルプなどの産業分野で殺菌、漂白の他さまざまな目的で広く使用されている。同様の目的から現在最も広く、また多く使われている塩素系薬剤は毒性が強いこと、難分解性であることなどから環境に与える多くの問題を顕在化させている。従って、今後は産業界だけではなく家庭でも、塩素系薬剤にかわって過酸化水素が積極的に使用されるようになると考えられる。そのためには、過酸化水素廃液の処理のための低コストカタラーゼ製剤が提供されなければならない。本研究では、我々によってすでに単離されている高カタラーゼ細菌を利用して、カタラーゼによる過酸化水素廃液処理の実用化を目指した実験を行った。

内容・方法

 高カタラーゼ細菌Vibrio rumoiensisS-1株(S-1株)は通常PYS培地で培養した。カタラーゼの精製はタンパク質分解酵素阻害剤の存在下で行った。また、PYS培地にさまざまな有機酸やアミノ酸を添加して、カタラーゼ活性を上げることを試みた。
 イカゴロ(イカ臓物)からイカゴロ培地を調製した。イカゴロ培地ではS-1株だけでなく他の海洋細菌と非海洋細菌の培養も行った。凍結乾燥したS-1株菌体は乾燥菌体として過酸化水素とその廃液処理に用いられた。過酸化水素廃液処理には半導体工場から提供された約8 mMの過酸化水素を含む廃液を基質として用いた。
 S-1株のカタラーゼ遺伝子(vktA)は、ゲノムライブラリーのスクリーニングにより単離した。vktA遺伝子はエレクトロポレーション法によりカタラーゼを欠く大腸菌の変異体UM2株に導入し、発現させた。カタラーゼを分泌させるために、bacterial release protein(BRP)をコードしている遺伝子を含むプラスミドpJL3を用いた。

結果・成果

 S-1株からのカタラーゼの収率と比活性を上げるために、タンパク分解酵素阻害剤(EDTAとPMSF)存在下で酵素精製を行ったところ、最終精製標品の活性はこれまでの1.3倍となった。本酵素は特に低温での活性が強く寒冷地での使用に適していると考えている。
 粗抽出液のカタラーゼ活性は、各種有機化合物を添加した培地でS-1株を培養することによって顕著に増加した。特にグルタミン酸ナトリウムとTCAサイクル中の有機酸の添加が有効であった。この結果をもとにグルタミン酸ナトリウムを炭素源および窒素源とした合成培地を新たに開発した。ヘムの前駆体であるアミノレブリン酸を培地に添加することによって、特に菌体外のカタラーゼ活性が増大した。
 イカゴロ培地で培養したS-1株の粗抽出液は、PYS培地や合成培地で培養した菌体の1.5〜2.5倍の高いカタラーゼ比活性を示した。イカゴロ培地はS-1株だけではなく、他の海洋細菌や非海洋細菌である大腸菌と枯草菌の培養にも使用可能であった。何れの場合も、従来の市販の培地を用いた場合よりも高い細胞収量が得られたことから、イカゴロ培地は汎用性、性能とも優れた培地であり、大腸菌や枯草菌等を用いた形質転換系によって有用成分を合成させる場合に極めて有用であると考えられる。
 S-1株のカタラーゼ遺伝子vktAをクローニングした。また、vktAの大腸菌での発現にも成功した。大腸菌内でvktA遺伝子とbacterial release protein遺伝子を発現させることによって、S-1株カタラーゼを分泌させることができた。今後、分泌されたカタラーゼを精製することにより、酵素精製のより低コスト化が可能になると考えられる。
 S-1株由来の精製カタラーゼとS-1株菌体自身のカタラーゼの比活性を市販のカタラーゼ製剤3種と比較したところ、S-1株の精製カタラーゼは市販されている他のどのカタラーゼ標品よりも高い活性を示した。一方、S-1株の乾燥菌体そのものを酵素源とした場合も、高い比活性が得られ、過酸化水素廃液処理にS-1株菌体を直接用いることの有効性が示された。現時点でS-1株をイカゴロ培地で培養した時の生産コストはカタラーゼ活性1ユニット当たり1.30×10−5円(これは、例えば市販のカタラーゼ製剤の販売価格とその酵素活性から計算したコストの半分以下である)程度と試算された。半導体工場の過酸化水素廃液を実際にS-1株の乾燥菌体を用いて処理し、廃液の過酸化水素濃度を20分の1に低下させるのに要するコストを比較すると、S-1株の乾燥菌体は市販のカタラーゼ製剤の約2分の1であった。S-1株乾燥菌体は過酸化水素廃液処理のカタラーゼ製剤として実用化が可能であると考えている。

今後の展望

 イカゴロ培地を用いて培養したS-1株菌体から乾燥菌体を得て、これをカタラーゼ製剤として利用することの可能性が示されたので、今後は菌の培養と乾燥の簡便化によるコストダウンと長期保存中の菌体カタラーゼの活性維持を図る必要がある。また、菌体を酵素源としたときに出る残滓は、有機物や多量の鉄が含まれており活性汚泥や活性剤としての使用が可能である。今後は複合微生物系での廃水処理を行うことも検討したい。S-1株の精製カタラーゼについては、イカゴロ培地の使用のほか、遺伝子操作を含めたカタラーゼ活性を増大させる条件で大量培養と大規模精製を行い、更にコストの低減化を図るつもりである。