マウス胚での父由来X染色体の選択的不活性化の制御機構の解析

後藤 友二(北海道大学大学院地球環境科学研究科/学術振興会特別研究員(PD))

背景・目的
 哺乳類の雌(XX)は、発生初期に一方のX染色体を不活性化することで、雄(XY)との間のX連鎖遺伝子量の差を補正している。このような遺伝子量補正機構は、他の生物でも確認されているが、染色体全体の遺伝子発現を一括して抑制するのは哺乳類だけであり興味深い。通常、どちらのX染色体を不活性化するのかを決める選択は、親の由来に関係なくランダムに決定されるが、マウスでは、胎盤などの胚体外組織を形成する細胞では、父由来X染色体が優先的に不活性化する。これは、それらの組織で不活性化の機構に何らかの修飾(インプリンティング)があることを示してる。そこで、このインプリンティングの本体を明らかにすることから、不活性化の機構の解明を目指している。
内容・方法
 X染色体と常染色体が動原体で融合している転座X染色体を2種類持つ雌と正常なX染色体を持つ雄やX染色体上にGFPレポーター遺伝子を持つ雄を交配し、X染色体の親の由来が識別でき、どちらが不活性化しているのか簡単に識別できるマウス胚盤胞(受精後3.5日目)を得る。この胚盤胞から、将来、ランダムな不活性化をし胚体を形成する内部細胞塊(ICM)の細胞を単離する。これを正常な8細胞期胚(受精後2.5日目)と凝集し、ICM細胞の発生ステージを戻してやる。得られたキメラ胚で、ランダムな不活性化をするはずのICM細胞が、父由来X染色体が優先的に不活性化する胚体外組織に分化した場合、どちらの親に由来するX染色体が不活性化するかを明らかにする。そして、この時期にX染色体上に起こる変化を調べ、インプリンティングの本体が何なのか?不活性化のどこで、どのように作用しているのか?を明らかにする。
結果・成果
 2種類のX−常染色体の動原体融合型転座X染色体を持つ雌に正常なX染色体を持つ雄を交配すると、母由来X染色体は転座Xで、父由来X染色体は形態的に正常であるため、X染色体の親の由来が識別できる。このような交配系で受精後3.5日目のマウス胚盤胞を回収し、将来、胚体に分化してランダムな不活性化をする予定運命の細胞(ICM)と、まだ刷り込みが存在すると考えられ胚盤胞より発生ステージが前の8細胞期胚(受精後2.5日目)とでキメラ胚を作成した。このようなキメラ胚で、ランダムな不活性化をするはずのICMの細胞が、父由来X染色体が選択的に不活性化する胚体外組織に分化した場合、これらのICM由来の細胞で選択的不活性化が起こるかランダムな不活性化が起こるかどうか調べた。不活性X染色体は、DNAの複製時期がS期後半に集中するため、塩基類縁体の5-ブロモデオキシウリジンによってS期後半をラベルして染色体を分染することにより、常染色体や活性X染色体と容易に識別ができる。そこで、作成したキメラ胚を仮親の子宮に移植後、受精後6.5日に相当する時期に回収し、染色体をラベルし、胚体部と胚体外部それぞれの組織に含まれる細胞の不活性化を調べた。その結果、早い時期(受精後3.5日目で選択的不活性化が完了した直後と思われる胚盤胞由来)のICMを用いた場合、ICMの細胞が胚体外部に寄与する確立は高く、胚体外組織に分化したICM由来の細胞では、やはり父由来X染色体が選択的に不活性化していた。一方、より発生段階が遅い時期(受精後3.5日目の胚盤胞を一日体外培養した胚盤胞)のICMでは、ICMが胚体外部に寄与する確率が低くなるものの、明らかに母由来X染色体が不活性化している細胞が、胚体外組織の一部で見られた。また、正常雄の代わりに、X上にGFP(green fluorescence protein)の遺伝子を導入した雄を用いて同様のキメラ胚を作成した。この場合、ICM由来の細胞では、父由来のX染色体が不活性化した場合、GFPの発現も抑制され緑色の蛍光を発しないが、母由来Xが不活性化した場合、緑色の蛍光が観察される。これを利用して胚体外組織に分化したICM由来の細胞の不活性化を調べたところ、同様の結果が得られた。このことから、選択的な不活性化に関する刷り込みは、ランダムな不活性化に先立って消失すること、そして、その消失がICMの分化能の制限に関与している可能性を示唆していると考えている。
今後の展望
 今後は、異なる時期のICMを用いて不活性化の傾向を調べ、このインプリンティングの消失の時期をより詳細に調べることで、どの時期にインプリンティングの消失が起こるのか明らかにする。その上で、その時期にX染色体上の遺伝子のメチル化やヒストンのアセチル化など、不活性Xに特徴的な変化と言われている現象について調べていき、インプリンティングの本体について調べていきたい。