生体に安全な齲蝕予防材と充填材料の開発

小口 春久(北海道大学歯学部小児歯科学講座/教授) 
大川 昭治(北海道大学歯学部歯科理工学講座/助手) 
加我 正行(北海道大学歯学部小児歯科学講座/助教授)

背景・目的
 近年、ビスフェノールAは環境ホルモン様物質としてクローズアップされ、それを含有する材料の使用が危険視されている。歯科領域において、齲蝕予防の小窩裂溝封鎖材(シーラント)と歯冠修復材は、審美性を考慮して、歯と同じ色調のレジン系の材料が用いられている。これらの材料の主成分は Bis-GMA 系のレジンであり、それはビスフェノールAとビスグリシジルメタクリレートから合成される。そこで Bis-GMA 系レジンのシーラントならびに充填材料に代わる材料としてグラスアイオノマーセメントに着目し、耐久性のある生体に安全な歯科材料の開発を目的として本研究を行った。
内容・方法
 グラスアイオノマーセメントは齲蝕予防のフッ素徐放性、歯髄に対する低刺激性、歯質接着性、熱遮断性、歯質色調和性など優れた性質を有するが、レジン系材料に比べて機械的性質が劣る。グラスアイオノマーセメントの性質を損なわずに、機械的性質の向上を図るため、ガラス繊維を添加させて実験を行った。
 ガラス繊維は、CaO-P2O5-SiO2-Al2O3(CPSA glass)の組成から成り、直径9.7±2.1μm、アスペクト比 (直径に対する長さの比)が5.0±0.9の繊維を使用した。このガラス繊維をグラスアイオノマーセメント(HY-BOND GLASIONOMER CX; Shofu Inc., Kyoto, Japan) の粉末に、重量比で、0、20、50%を添加した。練和する液はポリカルボン酸からなるメーカー指示の液を用い、混和する粉末と液の比は1:2とした。
 これらの組成の試料の機械的性質を調べるため、微少引張試験を行い、硬さを測定した。また、ガラス繊維添加によるフッ素溶出の影響を調べた。
結果・成果
1)微少引張試験(Micro-tensile Test)
 粉と液を練和し、1×1×8mmのガラスの型に充填し、角状試験片を作製した。湿度約100%、温度37℃に24時間保持し、試料を島津小型卓上試験機 EZ Test に装着し、微少引張試験を行った。その結果、ガラス繊維添加前の試料では11.1±2.8MPaであったが、ガラス繊維を20%添加すると14.9±3.4MPaに上昇し、50%混入すると約2倍の23.1±4.4MPaに上昇した。破断面を走査型電子顕微鏡で観察すると、ガラス繊維がセメント基質に不均一に分散していた。また、ガラス繊維の表面の一部はセメント基質と結合しており、セメント成分とガラス成分が化学的に反応していることが示唆された。また、破壊したガラス繊維が観察されることから、セメント内に分散したガラス繊維はセメント基質を強化する因子として作用し、グラスアイオノマーセメントの強度が上昇したと考えられる。
2)硬さの測定
 硬さの測定試料はセメントを練和後、プラスチック製の型(内径9mm×2mm)に充填して作製した。湿度約100%、温度37℃に24時間静置後、ビッカース硬さ試験機(島津微小硬度計)で荷重200n、荷重時間15秒で硬さを測定した。ガラス繊維添加前のセメントの硬さはHv419.9±51.5であった。ガラス繊維を20%混入すると硬さはHv347.4±21.4に減少し、50%混入するとHv358.3±23.4であったことから、ガラス繊維を添加すると硬さはやや減少した。
3)フッ素溶出量の測定
 フッ素溶出測定試料として、練和した試料をプラスチック製の型(内径9mm×2mm)に充填した。各試料を脱イオン水に浸漬し、適宜水を交換し、脱イオン水中に徐放したフッ素量を経日的にフッ素電極法(ORION デジタル・イオンPHメーター710A型)により測定した。フッ素量の測定には、TISABVを添加して行い、10mlの蒸留水中に溶出したフッ素量をppmで表示した。その結果、フッ素の溶出量は、いずれの試料でも1日目が最も多く2日目で急激に減少し、3日目から14日目まで緩慢に減少していった。ガラス繊維添加前と添加後の試料を比較すると、ガラス繊維が添加されると、その量に相関してアイオノマーセメント粉末の含有量が減少するため、フッ素の溶出は少なくなった。しかし、ガラス繊維の添加によりフッ素の溶出が著しく抑制されることはなく、ガラス繊維を添加しても、フッ素徐放による齲蝕抑制効果は充分に得られることがわかった。
今後の展望
 グラスアイオノマーセメントにCPSAガラス繊維を添加し、耐久性のある生体に安全な材料の開発を行った。ガラス繊維を体積比で50%添加すると、引張強さが2倍に向上したが、硬さはやや減少した。フッ素の溶出に関しては、ガラス繊維を20%、50%添加しても、添加する前の試料とほぼ同じ量のフッ素の溶出がみられた。この結果、CPSAガラス繊維を添加したグラスアイオノマーセメントは機械的強度が向上し、口腔内で長期耐久性を有することが示唆された。上記の結果より、生体に安全な小窩裂溝封鎖材と充填材料としての可能性が期待できる。今後、実用化に向けて臨床応用を目指した研究を継続する予定である。