核酸合成酵素阻害作用に基づく抗ウイルス剤の分子設計

片桐 信弥(北海道医療大学薬学部医薬化学講座/教授) 
塩沢  明(日本化薬竃理製剤創薬部門/グループ長) 
石倉  稔(北海道医療大学薬学部医薬化学講座/助教授)
日野 綾子(北海道医療大学薬学部医薬化学講座/助手) 

背景・目的
 ウィルスにより惹起される疾病は現在人類が抱える大きな問題の一つであり、とりわけエイズはその高い致死率から重大な社会問題となっている。今なおエイズ患者の数が増加の一途をたどっていることから、治療法や予防法の確立が現代医療の直面する最も重要かつ緊急な課題である。現在治療薬として使用されている抗ウィルス剤の多くは核酸関連化合物(ヌクレオシド類縁体)であり、その作用機構も最近になって明らかとされつつある。本研究では、核酸合成酵素阻害作用を分子レベルでとらえ、新しい抗ウィルス剤の開発を目的とする。
内容・方法
 炭素環ヌクレオシド、abacavirは最も新しい抗エイズ薬であり、逆転写酵素を阻害することでHIVウィルスの増殖を抑える。我々は、このabacavirの構造に着目し、炭素環部位の二重結合にシクロプロパンおよびアジリジン環を導入することにより、さらに活性の高い抗エイズ薬の開発を期待できるものと考え、これらの炭素環ヌクレオシドの合成を検討した。シクロプロパンおよびアジリジン環は抗ガン剤の活性発現における非常に重要な官能基である。
 本研究では、2-azabicyclo[2.2.1]hept-5-en-3-one (ABH) を出発原料として、シクロプロパン環を有する炭素環ヌクレオシドの構築およびアジリジン環を有する炭素環ヌクレオシドの構築を行い、これら化合物の活性について検討を行う。合成の方法論として、カルベンを用いる二重結合への付加反応および超高圧下(10000気圧)での付加反応を鍵反応とする。
結果・成果
1)2-azabicyclo[2.2.1]hept-5-en-3-one (ABH)からのシクロプロパン環が縮合した炭素環ヌクレオシドの合成
 N-Boc-ABHの二重結合部位へのジアゾメタンの付加反応を用いたシクロプロパン環の導入法を検討した。2位窒素に電子吸引性基を有するABHへの付加反応は、エキソ側より選択的に進行することは既に報告しており、このことより立体選択的にジアゾメタンの付 加体を得ることができるものと考えた。N-Boc-ABHのエーテル溶液に過剰のジアゾメタンを加えることにより、エキソ側よりジアゾメタンが1,3-双極子付加を起こした生成物を高収率で得ることができた。このものに光照射を行うことにより脱窒素を伴いシクロプロパン環へと変換できた。次に、過剰の水素化ホウ素ナトリウムを用いることでビシクロアミド結合を還元的に開裂した後、保護基を除去し、これから数工程を経ることにより、目的とする炭素環ヌクレオシドの合成を完了した。
2)2-azabicyclo[2.2.1]hept-5-en-3-one (ABH)からのアジリジン環が縮合した炭素環ヌクレオシドの合成
 次に、N-Boc-ABHの二重結合部位へのアジド化合物の付加反応によるアジリジン環の構築を検討した。アジド化合物は熱分解により容易にナイトレンを生成することから、二重結合への付加を検討したが、いずれの場合も目的を達成できなかった。しかし、N-Boc-ABHとアジド化合物との反応を超高圧下(1万気圧)の条件で行ったところ高い収率で1,3-双極子付加生成物を得ることができた。このものに光照射を行うことによりアジリジン環へと変換できた。過剰の水素化ホウ素ナトリウムを用いることでビシクロアミド結合を還元的に開裂し、シクロペンタン環へと変換できた。現在このシクロペンタン環を炭素環とするヌクレオシドへ類縁体への変換を検討している。
今後の展望
 現在数種類の核酸系抗エイズ薬が臨床薬として用いられているが、これらは長期投与により耐性HIVの出現により効力を失うことが最近明らかとなった。現在、abacavirは耐性HIVにも有効な抗エイズ薬として用いられている。しかしながら、長期投与による耐性HIVの出現が当然考えられることから、将来を見越した新しいエイズ治療薬の開発が求められる。本研究の成果は新しいエイズ薬の開発のみならず、新規エイズ治療薬の分子設計に新たな展望を与えるものと考える。