電子レンジを用いた冶金技術の開発と教材化
加藤 識泰[北海道芦別総合技術高等学校/教諭]
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背景・目的
鉱石から金属を取り出す冶金技術の歴史は、人類の技術の歴史でもある。高温を作り出す技術は土器を焼くためにも使われ、人類はエネルギーの利用を手にしはじめた。やがて、高温制御技術を更に発達させて製鉄法も開発された。冶金や製鉄の歴史を知ることは文明史を紐解くことであり、現代科学技術を理解する上でも、大変重要かつ知見に富む。特に製鉄に関しては、新素材から省エネルギー問題まで、広範囲にわたって生活に関わっており、教育上興味ある問題である。
以上のことから、人類の歴史的あゆみを検証しつつ、資源問題、エネルギー問題、環境問題などについて考えさせる教材の開発を目的とし、電子レンジによる冶金技術の開発に着手した。
内容・方法
電子レンジの電磁波が、炭素を加熱させることは一般に知られていない。金属は金属表面の自由電子が、電磁波を反射させるため誘電加熱はできないが、炭素は結合に寄与しないπ電子が電磁波を吸収して振動するため、誘電加熱により熱を発生する。AC100V仕様の家庭用電子レンジ(出力500W)で加熱すると、3分ほどで真っ赤に赤熱することから、熱源および還元剤の二役として利用できるものと考え、鉱石の還元である冶金技術の開発に応用した。
○使用器材
電子レンジ(出力500W、出力900W)、木炭、磁製るつぼ(蓋付き)、アルミナるつぼ(蓋付き)、耐火断熱レンガ、熱電対温度計(型番GBW90000、K型熱電対)、断熱用耐熱容器
○実験方法
1.るつぼに、容積の3分の1以下の量の粉末炭素を入れ、その中に鉱石を1片埋めて蓋をする。
2.ターンテーブルの代わりに耐火断熱レンガを置き、その上にるつぼを置く。
3.3〜5分程度加熱する。
※注意…炭素の量について
炭素は、還元剤としての役目だけでなく熱源でもあるため、還元に必要な量以上の過剰量を使う。また、加熱容器の3分の1の量を超えて加熱すると、炭素粉末が水蒸気と共に舞い上がり、電子レンジ庫内から噴き出してくるので注意が必要である。
○試料
孔雀石(Malachite)[Cu2(OH)2(CO3)]
赤鉄鉱(Hematite)[Fe2O3]
黄銅鉱(Chalcopyrite)[CuFeS2]
砂鉄(Magnetite)[Fe3O4]
結果・成果
4種類の試料全てについて、還元に成功した。
反応の基本的メカニズムは、710℃以上に熱せられた炭素がC(固)+CO2(気)⇔2COの平衡に達し、一酸化炭素となって強い還元能力を持つようになることから、鉱石中の酸素や硫黄を還元しているものと考えられる。
マイクロ波照射時間と温度上昇の関係は、加熱後、わずか20秒で、300℃を越える温度になり、その後リニアに加熱されていく。60秒を過ぎると1060℃付近でフラットになり、それ以上温度は上がらない。500W機と900W機の違いは、温度上昇の速度だけで、最高温度はどちらも1060℃付近である。この原因は、熱の放散であると考えられる。120秒を過ぎたレンジの庫内は、70℃〜80℃の高温になっている。この測定では出力500W機を使用し、断熱は行わなかった。
温度測定の方法は1.赤外放射温度計、2.熱電対による加熱後測定、3.熱電対+アースによるリアルタイム測定、の3方法を検討したが、1.の赤外放射温度計には500℃を超えて測定できる測定装置の入手が難しく、また3.のリアルタイム計測はエッジランナウェイ(マイクロ波の局部集中)による効果を取り除くのが困難であったため(熱電対自体が加熱されると測定不能になる)、最も簡便な2.の加熱後測定を採った。
加熱後測定では、測定中、電磁波のエネルギー供給が無いため、どんどん温度が下がっていく。その下がり方は大変著しく、最初の10秒間で800℃と200℃近く降下する。実際の測定では、電磁波の照射を止めてすぐに扉を開け、るつぼの蓋を取り、熱電対を差し込むまでに最低でも5秒を要しており、既に200℃以上を失っていると考えられる。そのため、銅線や銅板を入れて加熱する実験を行なったところ、銅が塊となって出てくることから銅の融点である1095℃には達していると考えてよい。
還元反応では長い反応時間が必要である。したがって高温を長時間維持する必要があり、電子レンジではこの高温の維持が問題となる。レンジ庫内の温度が上がれば安全装置が作動し、温度が下がるまで使用できない状態になる。この検知回路を切断して使用することも検討したが、生徒実験の目的としては非常に危険であるため、本実験の還元時間は、電子レンジが壊れたり、それに準じる危険な使用にならない程度の5分間を限度とした。
鉄以外の鉱石では、3分程度で十分に還元されたが、鉄は反応時間が長く5分程度では十分な還元は期待できない。ただし、後述する断熱の工夫により、一部を還元することに成功した。
るつぼに耐熱容器をかぶせて断熱を施した場合には、120秒後の温度が過熱後測定で測定不能(1200℃超)となったことから、高温を得るには断熱が最も有効な手段となる。炎や風を使わずに、これだけの高温を制御するシステムとして、電子レンジは最も簡単に、また安価に使用することができる。教育現場における限られた施設と設備の中では、炎を使うよりも危険の少ない加熱器具として、有効な活用が期待される。
今後の展開
本実験は、完全な金属を得るための技術ではなく、その過程を再現するためのものである。今後は、より還元時間を得るために1.断熱の効果を効果的に行い、レンジ庫内の温度を上げない工夫、2.反応系に還流ガス雰囲気を閉じ込める方法、3.耐火断熱レンガに代わるターンテーブル材の検討、等について検討すると共に、4.北海道の鉱石の出土状況についても調査を続け、北海道の自然に関わる身近な教材とするべく更に追求していく。
終わりに、本実験の教材化に際しては、北海道立理科教育センター、北海道立地質研究所、新日鉄室蘭製鉄所、九州大学大学院工学研究院材料工学部門の各機関から適切な助言と資料の提供をいただき、心より感謝申し上げ、謝辞といたします。
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