冬靴における滑りにくさと摩擦係数の関係

小野寺 崇[苫小牧工業高等専門学校/学生]

背景・目的

近年、寒冷地において歩行者が凍結路面で滑り、転倒して怪我をする事故が多く問題となっている。この状況に対して様々な防滑靴、防滑材が市販されているが、その効果の評価のために摩擦係数がしばしば用いられている。しかし、歩行時の靴底は踵が接地してから爪先が離れるまでの間、刻々とその接触面が変化していることから、靴底材料の摩擦係数の大きさが靴の滑りにくさと必ずしも一致していないと考えられる。そこで,歩行中の身体加速度データで表現した冬靴の滑りにくさと靴底の摩擦係数、官能検査との関係を調べ、その差違の存在から、加速度による評価の優位性を確認したい。

内容・方法

いずれの測定においても、被験者は45歳,体重735N(75kgf)の健常者とし、 歩行に供した靴は、サイズ25.5±0.5cmの紳士革靴と(株)ミツウマ提供の長靴の計8足とした。
なお、歩行路は苫小牧白鳥アリーナの4mの氷上に水をまき、滑り易くした路面で、メトロノームにより歩調を120step/minに合わせて通常歩行した。
まず身体加速度の測定は、ひずみゲージ式加速度センサを腹部に取り付け、アンプとロガーを腰部に携行し、サンプリング周期10msにて記録したものをパソコンに取り込む方法を用いた。その後、周波数分析を行い、歩調による加速度成分比の大小で滑りにくさを表した。
次に官能検査は、氷上を歩行した時の靴の滑りにくさを感覚によって「非常に滑りやすい」を「1」、「全然滑らない」を「5」として5段階により評価した。
摩擦係数の測定は次のように行った。アルミニウム製足型に靴を履かせ、この上に重量挙げ用ウェイトを載せて体重相当Pの負荷をかける。この足型にワイヤを取り付けて、それを手動により減速機(1:20)でワイヤを巻き取る形で足型を前方向へ引張ることとした。このワイヤの中間にロードセルを介し、それにより引張力Fを測定する。摩擦係数μの算出は重量Pを加えた状態で負荷系を引張り、滑り出しの引張力Fを測定し、  F=μP により算出した。

結果・成果

体重心近傍の加速度は両脚の下肢3関節の影響を受けるため2Hz,4Hz,6Hz・・が主な成分となり、周波数スペクトルにピークが現れた。それらの全周波数成分に対する比(Af=2Hz+4Hz+6Hz/Aall)をとったところ、廊下歩行では約0.27となったのに対して、氷上歩行では約0.21と減少したことを確認した。このことから、量的な差違は大きくないものの、滑り難い場合に加速度成分比が高くなることを確認し、これにより滑りにくさが表現できた。
防滑効果の評価にはこの主成分の加速度成分比を用い、試し履き官能検査の結果と靴底材の摩擦係数により対応関係を調べたところ、主成分の加速度成分比と官能値の相関係数はr=0.48、主成分の加速度成分比と摩擦係数の相関係数はr=0.60、官能値と摩擦係数の相関係数はr=0.66の相関であった。官能値に対して摩擦係数の相関係数がr=0.66と高く現れたことから、加速度の成分比の優位性を示すことができなかった。
この結果を詳しく検討する為、それぞれの方法で求めた結果を測定値の高い順に並べ比較した。このことから「珪砂配合ゴム」の靴の官能値はやや低いものの、主成分の加速度成分比と摩擦係数において、ランキングは一番高くなっていることを確認した。一方「硬めの平滑なゴム」についても、測定項目全てにおいてランキングが一番低くなっている。また「湿潤面で防滑効果のあるゴム(メーカ言)」、「踵ワンタッチスパイク」等幾つかの靴については何れか1項目は差があるものの、他の2項目では同順位である。しかし、2、3の靴では3項目の測定結果とも差違は大きくなった。
以上、本研究結果をまとめると、以下のとおりとなる。
(1)滑り難い場合に加速度成分比が高くなることを確認し、これにより滑りにくさが表現できた。
(2)官能値に対して、摩擦係数の相関係数がr=0.66、加速度の相関係数がr=0.48となり、加速度の成分比の優位性を示すことができなかった。
(3)「珪砂配合ゴム」の防滑効果が高いこと、「硬めの平滑なゴム」の防滑効果が低いことが確認できた。

今後の展開

靴底と路面との接触状態が刻々と変化することから、摩擦係数より加速度成分比による防滑効果の評価の優位性を示し得なかった。しかし、波形解析の新たな方法として現在広く用いられているWavelet変換などのより優位性が示されることを期待している。しかし当面は今回示した3種の評価法により防滑効果の評価を行い公表することが、市場に提供される防滑靴の効果の高度化につながるものと考える。また、3種の評価法を有効に利用して新たな防滑靴の開発にも直接つながるものと考えている。