一般研究奨励事業 若手研究者研究奨励補助金

障害児をもつ家族の愛着感情と援助に関する研究

斉藤 早香枝[北海道大学医療技術短期大学部/助手]

背景・目的

障害をもった子どもにとって療養生活で大事なのは、家族の受け入れであり、子どもの障害の受容と子に対する愛着の形成が受け入れの基盤となる。障害をもつために親子間の相互作用が困難な状況での愛着の形成過程は、明らかになっていない。わが子の障害を受容し、愛着感情をもち、その子どもとの生活を自分の人生の中にしっかりと位置づけていく家族の感情の変化に焦点をあて、障害の受容と愛着感情形成の過程を明らかにすること、さらに、出生直後の状況と医療者の関わりが、そうした子どもへの感情や対応に与える影響を探ることが、本研究の目的である。

内容・方法

ひとくちに障害をもった家族の受容の過程、愛着感情の育成といってもそれは、個々のケースや状況(障害の種類や程度、親のパーソナリテイ、周囲の環境等)によって様々であり、障害児を家族にもつことに伴う体験と、そこから派生する個々の考えや認識、ものの見方を理解するために、今回は、質的研究法(grounded theory)を用いて研究をすすめた。具体的には、障害をもつ子どもを養育中、または、養育した体験をもつ母親6名に対し、半構造化した1時間半から2時間半の面接を2〜4回行った。子どもの障害は、脳性麻痺、外表奇形(口唇裂、口蓋裂)、染色体異常である。今回は予備調査的意味合いをもつため、障害をひとつに限定することはしなかった。対象者は、患者会、医療施設の紹介および、対象者からの紹介という形で得た。内容は、遂語記録(記述)におこされ、まず暫定的なコード化を行い、カテゴリー化を試みた。ついで、ケース間に共通するものを抽出し、作業仮説を導き出した。

結果・成果

現時点でのデータを分析した結果から、1)障害児をもつ家族の障害を受容する過程、2)母親が障害児に愛着を抱く過程、3)障害を知った初期の頃の心理、に関していくつかのキーワーズを抽出ことができた。
障害の受容と愛着形成の過程をまとめると以下のようになる。
はじめに「何故」という疑問が生じ、次にこれからどうなるのか、ということが大きくなる。「将来の見通し」がはっきりしている場合は、子どもの障害も受けとめやすい。多くの場合、「ショック」や「困難」を感じながらも、子のためにできるだけのことをしたいという「責任」ある気持ちにつながっていく。はっきりとした診断がついていない場合、「治る」ということにエネルギーがかけられるが、「期待」と「失望」を繰り返しながら少しずつ状況を受けとめ、やがて「ありのままの状況」を受けいれる。「価値の転換」が図られるようになり、障害児を育てることで得たもの」の認識と、「家族としての存在の感謝」にいたる。その過程は一様ではなく、かかる期間も2年から5〜6年と幅広い。こうした受容には、「時間の経過」が必要であり、それまでの過程で「周囲の多くの人々に支えられている自分」を認識する。子どもを可愛い、愛おしいと思う気持ちは、日々の養育の過程で育ち、どんなに障害が重くてもささいな子どもの反応を喜びとし、子どもを「かけがえのない存在」としてとらえるようになる。

障害を知った初期の頃の心理は、「精神的な浮き沈み」「孤独」「他者への嫉妬」「家族への期待と不満」がみられ、初期の頃に、医療者に求められる態度として以下のことが求められる。
(1)子どもの障害を知らされた親は、傷つきやすく、不安定な心理状況である。気持ちが常に揺れ動いていることを理解し対応することが大切である。
(2)はじめの説明時の衝撃が大きく、説明を十分理解していないことがある。場合によっては違った解釈や誤解を抱いていることがあり、その後のフォローが必要である。
(3)医師からの病状の説明においては、産科医、小児科医双方の情報交換を密にし、両親が納得のいく説明が求められる。
(4)とりあえず何をするべきかを示すことが次につながっていく。
(5)医療者に対して求めていることの第一は特別なことではなく、丁寧な説明と親身な対応である。
また、これまであまり認識されていなかったが、初期の頃の援助として検討されるべき課題として浮かび上がってきたものに以下のことが上げられる。
(1)分娩直後に児の異常がわかった場合、母親の精神的安静を目的として隠されることが多いが、多くの母親がきちんとした説明がなされるまで不安な時を過ごし、「事実を知りたい」という気持ちが強い。「子どものことを知る権利があり、その責任を負う準備は出産直後であっても自分に備わっていた」と感じている。ショックを与えない事のみを優先させるのではなく、母親のニードと心身の状況にかなった援助が再検討されなくてはならない。
(2)母親は父親に対して「協力と支え」を求めるが、その一方で子どもと自分のことで精一杯で、自分が夫を支える存在という認識は初期の頃は薄い。また、母親が父親に「感情をぶつける」、「弱音を吐く」ことは許されてもその逆は少ない。母親に比べ父親は自分の気持ちを表出する機会が少なく、悩みを自己の中で解決するように仕向けられる。父親が母親を支えていくためにも、父親自身が自分の感情を整理する精神的サポートが必要である。
(3)母親は祖父母、親戚に「健康な子を産めなかった」という「負い目」を感じる。家系的なことを言われたり、分からない原因を繰り返し問われることは、母親を傷つけ消耗させる。過剰な気遣いも「負い目」を増強させるが、周囲の者もどのように接するのがよいかがわからない。周囲の温かな受け入れ、協力体制は、両親に大きな力を与えることができ、周囲の者が障害児の両親を見守り支えていくための、周囲の人々に対する助言と支援の必要性が求められる。

今後の展開

以上、得られた結果から父親への期待の大きさの割りにサポートが皆無な状況や、分娩直後であっても子どものことを知りたいという意志の存在など、これまであまり認識されていなかった部分での援助の視点が、個々の感情や体験内容に関する分析によって得られた。これらを一般化し結論づけるには、データが少ないため、今回はあくまでも現時点でのいくつかの仮説を提示するにとどまったが、今後さらにデータ収集をすすめ、今回得られた仮説をデータで吟味していく過程を践み、障害児を持つことに伴う心理現象の記述と理論的整理、および、障害児に愛着感情を抱き、障害を受け入れていく過程への具体的援助を明確にしていくことが課題である。