大雪山における登山者の屎尿の影響とその対策に関する研究
愛甲 哲也[北海道大学大学院農学研究科/助手]
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背景・目的
山岳地の自然公園では登山者が急激に増加し、登山道の崩壊や屎尿の処理が問題視されている。特に、北海道においては、各地の現状や、一般登山者の認識、山岳会の認識や取り組みについての情報が整理されているとは言えない状況にある。また、山岳地に放置された登山者の屎尿や、不適切な処理を行っている山岳施設の水質などへの影響は、不明な点も多い。
本研究では、大雪山国立公園を中心に、山岳地の沢水の水質調査と、登山者および関係者のアンケート調査の結果をとおして、登山者の屎尿の影響と、その対策の方向性をさぐった。
内容・方法
山岳地の沢水の水質調査と、登山者・関係者に対するアンケート調査を行った。
水質調査は、「山のトイレさわやか運動」の調査と連携し、一般登山者でも可能なパックテストで、山岳地の沢(登山者の水場として現在使用されている場所)において、 時間、天候、気温、水温、電気伝導率、水量、アンモニア性窒素、硝酸性窒素、亜硝酸性窒素、COD、大腸菌群を記録した。北海道内では、筆者が窓口となり、山のトイレを考える会、利尻町立博物館、日高山脈ファン倶楽部や一般登山者に協力を呼びかけ、11箇所でのべ25回、調査を行った。
アンケート調査は、「山のトイレを考える会」の第1回のフォーラムの際、案内者の出欠葉書に意見を求める欄をもうけ、会場では出席者にアンケート調査を行った。また、大雪山国立公園銀泉台では、一般登山者への啓蒙活動を2000年9月23日に行い、同時に第1回のフォーラム出席者のアンケートと同様の内容でのアンケート調査を行った。さらに、2001年2月3日には、2回目のフォーラムを行い、案内状の出欠葉書で意見の収集を行った。
結果・成果
1)水質調査
アンモニア性窒素、亜硝酸性窒素、硝酸性窒素ともに、ほとんどの場所で見いだされず、CODも低く、大腸菌群が検出された場所も少なかった。全国的にみても、北海道の山岳地の沢水は清浄だと考えられ、登山者の屎尿の影響は少ないと思われる。
2)アンケート
山のトイレを考える会のフォーラム参加者と一般登山者の両者の回答を比較し、有識者と一般登山者の認識の相違について検討した。用を足した後の処理については、両者とも小便はそのままが多いが、紙の持ち帰りや大便の携帯トイレの使用は、フォーラム参加者がやや多く、一般登山者には持ち帰りはほとんど認知されていない。
今後のトイレのあり方については、フォーラム参加者で経費負担への同意が多く、登山規制、紙持ち帰り、携帯トイレの使用への同意が多かった。それに対して、一般登山者はトイレの新設をより多く求めていた。
また、全道から、紙やし尿が散乱している山岳地として85件の報告があった。なかでも、利用も多いため、報告が集中しているのが、大雪山で、南沼、ニペソツ山の事例が多く報告された。次いで札幌近郊となった。
さらに、トイレ問題の解決策の回答パターンについて対応分析を行った。空間上に位置づけられた項目の内容から、登山者の啓蒙、利用者の管理、し尿を処理する場所、処理方法という4つの次元が見いだされた。この4次元の空間上に、ガイド、行政、登山者、山岳会、その他と5つに分けた回答者を布置したが、その位置に特徴はみられず、認識が多様であることが示された。
今後の展開
水質調査の結果から、登山者の屎尿が山岳地内の沢水を引用不可能な状態にするほど影響はしていないと考えられた。しかし、一部、山小屋の排出口の付近で大腸菌群が検出されるなどの結果が示されたところもあり、既設の貯留・浸透式のトイレの便槽からしみ出した汚泥による汚染への配慮が必要だと考えられる。山小屋やトイレの下流で、取水する可能性のある場所では、周囲に影響を及ぼさないコンクリートなどを敷設した便槽の設置が取り急ぎ求められる。
山中で用を足した後の処理や、今後のトイレのあり方について、一般登山者と有識者の認識を比較すると、一般登山者には携帯トイレや紙の持ち帰りがまだそれほど普及しておらず、実践の違いが今後への認識の違いにも影響していると考えられた。このことから、現状の理解も含め、今後の対策についても関係者のみでなく、一般登山者への情報提供および啓蒙活動が不足していると思われる。現状のインパクトを認識することで、自身の登山行為の影響を学習させることは、インパクトを軽減するひとつの有効な手法である。情報の収集とともに、いっそうの啓蒙が求められる。
また、有識者においても、対応分析の結果からその対策が一貫した方向を向いているわけではないことも示された。ガイド、行政、山岳会といった各種団体の代表や構成員においても、それぞれ統一した認識を有しているわけではなく、トイレの設置や携帯トイレの使用といった対策を求める認識が混ざり合っている状態にある。これより、最終的な合意形成を図るためには、情報の収集と公開、共有といった段階を経て、行政と山岳会、登山者、ガイドなどの間で議論が交わされる必要があると考えられた。
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