ヒト大腸腺腫細胞のプログレッションモデルの開発

岡田  太[北海道大学遺伝子病制御研究所/助手]

背景・目的

多段階発癌の各過程には特異的な遺伝子変異を伴う。しかし、遺伝子変異の原因(生体内および生体外)に関しては、いくつかの推測がなされているが、未だ直接の証明には至っていない。申請者はこれまでにマウス・ラットの比較的良性の癌細胞(低腫瘍原性・低転移性)が、炎症と共存させるだけで、腫瘍増殖を起こし、転移・浸潤能を獲得してプログレッションすることを見出した。
本研究では、炎症の発癌・プログレッションへの関与が類推されている大腸癌に焦点を当て、炎症がヒト大腸腺腫細胞のプログレッションを促進するか否かを明らかにした。

内容・方法

炎症によるプログレッションのヌードマウスモデルの開発
ヒト大腸腺腫のプログレッションが、どの時期の炎症(急性・慢性)によって起きるのかを明らかにするために以下の実験を行った。
1.KSNヌードマウスに急性炎症を起こすためにゼラチンスポンジ(止血用滅菌スポンゼル10x5x3mm)を、慢性炎症を起こすために培養プラスチックプレート小片(Corning10x5x1mm)をそれぞれ皮下に移入した。なお、ヒト大腸腺腫細胞(FPCK-1-1)は、ヌードマウス皮下に5x106個移植しても増殖しないことを確認している。
2.ヌードマウス皮下にゼラチンスポンジを移入後、ゼラチンスポンジ内に大腸腺腫細胞5x106個/0.1mlを移植した。プラスチックプレート小片の場合には、大腸腺腫細胞1x105個をあらかじめ培養下にて付着させ、プレートごとマウス皮下に移入した。
3.増殖腫瘍は培養株として再樹立して、炎症を伴わない(スポンジ・プレート非入)マウスに皮下移植(5x106個)し、自律増殖能を獲得したことを調べた。

炎症細胞由来の活性酸素あるいは活性窒素によるプログレッションの証明
誘導型nitric oxide synthase(i NOS)阻害剤(aminoguanidine、1%飲料水投与)を投与してプログレッション頻度を観察した。

結果・成果

炎症によるプログレッションのヌードマウスモデルの開発
ヒト大腸腺腫細胞(FPCK-1-1)は、ヌードマウスに皮下移植(5x106個)しても腫瘍増殖しない。炎症を誘発させる素材には、止血用滅菌スポンゼル(10x5x3mm)と培養プラスチックプレート小片(Corning, 10x5x1mm)の2種類を用いた。前者は生体内挿入後に自然吸収されるため、急性炎症のみを起こす。後者は急性炎症から慢性炎症へと移行する特長を有する。
マウス皮下に挿入したゼラチンスポンジ内に大腸腺腫細胞(5x106個)を移植しても、増腫瘍性を示したマウスは極わずかであった。しかし、培養条件下で1x105個の細胞を付着させたプラスチックプレートを皮下移入したマウスでは、移入後100日を経過した頃より腫瘍が増殖し、組織学的に中分化型腺癌であることを確認した。   
マウスに増殖した腫瘍を無菌的に摘出した後、培養株を樹立して新たなヌードマウス皮下にプラスチックプレートを存在させずに5x106個移植しても腫瘍増殖した。さらにプレートのみをヌードマウス皮下に挿入し、100日後に誘発される間質反応を皮下に残し、そこにFPCK-1-1細胞を移植しても腫瘍増殖した。
以上の実験結果より、以下の3点を明らかにした。
1.大腸腺腫細胞のヌードマウスにおけるプログレッシ ョンは、急性炎症のみでは不十分であり、慢性炎症を必要とすること。
2.プログレッションした細胞は、中分化型腺癌の組織像を呈すること。
3.プログレッションを促進する炎症反応は、異物に反応して増生する間質細胞であること。
これらの成績は、Lab Invest 80: 1617-1628, 2000に報告した。

炎症細胞由来の活性酸素あるいは活性窒素によるプログレッションの証明
上述のプログレッションモデルに誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)阻害剤であるアミノグアニジンを飲料水(1%)として与えると、腫瘍出現までの期間が有意に延長するだけでなく、腫瘍増殖も有意に抑制することを見出した。従って、炎症細胞由来の一酸化窒素が、大腸腺腫細胞のプログレッションに関わることが明らかになった。この成績は、第59回日本癌学会ミニシンポジウムおよび第1回日本NO学会にて発表・報告した。

今後の展開

慢性炎症は、ヒト発癌要因の約25%を占めると推定されている。ヒト大腸発癌においても、潰瘍性大腸炎が発生母地となることや、非ステロイド系の抗炎症剤投与により腺腫が消失することなどから、炎症の関与が示唆されてきた。本研究からこれらの推察に対する具体的な根拠を示すことができた。炎症にまつわる要因を明らかにして行くことで、ヒト炎症発癌の発生機序の解明と予防のための具体的な措置が可能になると期待される。