有珠山噴火による洞爺湖内への影響調査と調査マニュアルの作成
上田 宏[ |
北海道大学北方生物圏フィールド科学センター/教授] |
伴 修平[ |
滋賀県立大学環境科学部環境生態学科/助教授] |
工藤 勲[ |
北海道大学大学院水産科学研究科資源環境科学講座/助教授] |
松石 隆[ |
北海道大学大学院水産科学研究科資源生産生態学講座/助手] |
帰山 雅秀[ |
北海道東海大学工学部海洋環境学科/教授] |
今田 和史[ |
北海道立水産孵化場/養殖技術部長] |
福山 龍次[ |
北海道環境科学研究センター水質環境科/研究主査] |
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背景・目的
2000年3月に有珠山が23年ぶりに噴火し、洞爺湖の湖水環境と生態系に多大な影響が生じると考えられた。洞爺湖臨湖実験所が行ってきた生態系調査に最新鋭の湖水観測機器による湖水調査を加えて、今回の噴火による洞爺湖内の変化を迅速かつ詳細に解析することことにより、有珠山噴火による洞爺湖の湖水環境および生態系への影響を調査すること、および北海道の他の活火山が噴火した場合にその近くの湖沼への影響調査に役立つ「火山噴火時の湖沼調査マニュアル」を作成すること、を本研究の目的とした。
内容・方法
(1) 有珠山噴火による洞爺湖の湖水環境および生態系への影響を調査:1.TPMクロロテック(水温・電気伝導度・クロロフィル・濁度・深度を曳航および鉛直測定できる最新鋭器)による湖水環境調査、2.3次元的に流速と流向を測定できるドップラー流速計による湖内部の流れの方向と流速の調査、3.セジメントトラップによる降灰調査、4.火山噴火により変化が考えられる湖水のイオンおよび金属類の化学成分調査、5.栄養塩・光量子量・クロロフィルa量・植物プランクトンの炭素取り込み速度による基礎生産力調査、6.動物プランクトン調査、7.内水面漁業の重要な対象漁であるヒメマスとワカサギの資源量調査、を行った。
(2) 調査マニュアルの作成:洞爺湖での調査体制の問題点を検討し、他の活火山が噴火した場合に役立つ「火山噴火時の湖沼調査マニュアル」を作成した。
結果・成果
(1) 2000年有珠山による洞爺湖内への影響を調査した10編の論文の要点は、以下のようになる。
・洞爺湖の水温は、噴火直後に下層(45m深)の水温が上昇し、観測をしていない深部(湖底付近)の水温に変化が生じた可能性がある。
・洞爺湖の水深100m以深で観察された高濁度層は、熱泥流と降雨による土砂の流入によって形成・維持された。
・元素の総量が噴火後に微増し、元素の組み合わせMgとKについて各深度間が噴火前後で異なっていた。
・洞爺湖の湖底堆積物のリン含有量は、湖水の酸性化により有機物が沈積した時に増加しており、火山噴火より鉱山排水の流入による影響を強く受けている可能性がある。
・火山灰がリンを溶出して一次生産を活発化させる場合と、透明度の低下や有害物質により一次生産を阻害する場合が考えられ、火山灰の供給量と供給場所により相反する影響が生じた可能性がある。
・噴火直後の春季に透明度の一時的な低下が観察されたが、その後は水質環境および一次生産量には大きな変化は認められなかった。
・前回の噴火と同様に、細菌は降灰により直接持ち込まれたのではなく、降雨により泥流とともに細菌が湖底に持ち込まれたと考えられた。
・泥流により栄養塩の流入量が増加し、植物プランクトン・動物プランクトン量を増加させた可能性がある。
・火山灰懸濁水中でヒメマス稚魚の飼育実験を行い、火山灰によるヒメマス稚魚への影響は確認されなかった。また、噴火後にヒメマスの魚体が大きくなったのは、禁漁により大型個体が生き残ったためと考えられた。
以上の結果を総合的にまとめると、2000年有珠山噴火により、噴火直後には水深45mで水温の上昇が観察され、生じた熱泥流および降雨により火山灰が洞爺湖に流入し、春季には透明度の低下が観察され、水深100m以深で高濁度層を形成した。この火山灰の流入は、湖水中の元素には大きな変化をもたらさなかったが、細菌を流入させ、リンを溶出して一時的に一次生産を活発化し、動物プランクトン量を増加させた。火山灰は直接ヒメマス稚魚には影響を与えず、さらに禁漁により大型ヒメマスの生残率が高くなった。高濁度層は時間経過とともに消失していき、火山灰の流入も減少していると思われるが、火山灰の流入により透明度の低下や有害物質の溶出も考えられ、今後とも詳細な調査を継続してゆかなければならない。
(2) 火山噴火時の湖沼調査マニュアル:北海道には火山活動によってできたカルデラ湖および堰止湖が多くあり、これらの活火山が将来的に噴火した場合、湖沼の物理・化学的環境および生息する生物にどのような影響が生じるのかを調査するための、火山噴火時の湖沼調査マニュアルを作成した。
今後の展開
有珠山は周期的に噴火をくり返しており、将来的に火山活動が洞爺湖の環境と生物資源にどのような影響を与えてゆくのかを継続して調査してゆかなければならない。幸い洞爺湖畔には、本年4月に発足した北方生物圏フィールド科学センター洞爺臨湖実験所が設置されており、今後とも洞爺湖の湖水環境と生物資源に関しては、今回の研究で構築された研究組織が中心となって調査を継続していくことができれば、世界的にも類を見ない研究を行えると確信している。
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